ソーラーカー物語4-(3)キラキラソーラー大行進
ソーラーカー物語4-(3)キラキラソーラー大行進
「あそんで、まなんで、未来にふれよう!夏休みきらきらソーラー大行進」というのがこのイベントのタイトルだ。名古屋の伏見、でんきの科学館に出展物が少しずつ到着する。おもしろ電脳の森、ハイテク体験広場、ソーラーカーの丘の3つのコーナーで構成されており、ソーラー関係の出品物は僕の手持ちと声をかけて集めたものだ。ソーラーカー実物展示。試乗用ソーラーカー。各種ソーラー電池の展示。そしてレースVTRと世界のソーラーカー写真展はWSC87のものだ。また大阪大学の浜川圭弘先生にも相談し監修をお願いした。
メインのソーラーカーはタケ空間工房の「TAKE」、大藪さんの「SOFIX」、HAMA零の山脇さんの「ソーラーマウス」、「ポチのひなたぼっこ」の4台に新作ソーラーキッドを加えた8台だった。会場の大きさが限られるため、他のフルサイズレース用ソーラーカーではなく、比較的コンパクトなこれらの車が集められたのだ。「ソーラーマウス」と「ポチ」は簡単に備え付けのエレベーターを使って会場に上げられた。ソーラーキッドもスタッフが乗って運転していった。「SOFIX」はトレーラー式なので2分割できる、ということで選んだのだが、エレベーターにはさすがに乗らず、スタッフの手で階段を使って苦労して上げた。苦労してでも上げることはできた。「TAKE」が重いのは判っていた。だから上の階には上げずに1階の入り口に展示することにしていた。だから転がしていけば良い、筈だった。
ところが思いもかけぬトラブルが起きた。搬入通路からの出入り口を通ることができない!側面の最大幅部がつっかえてしまうのだ。そんな筈はない。ドアの開口部も「TAKE」の全幅もあらかじめ調べて、通ることは確認しておいた。どうして通らないのだ?ドアの開口部は調べた通りだった。車の方の幅が数センチ大きかったのだ。実際に自分で測って確認していなかった僕の甘さゆえのトラブルだった。そういえば、WSCのレギュレーションでは+2%の誤差は許されていた。4Cm大きくても車検は通る。けれど、でんきの科学館の出入り口は通らない。
ボディを人の手で押さえても駄目だ。他に出入り口はなかった。開口部自体は幅があったが、開けたときのドアの厚みが邪魔していたのだ。結局科学館の責任者も集まって、そのドアの厚みをなくすことに決まった。つまりそれを外すことにした。言葉に書くとた易い。しかしドアはメッキした鉄製のフレームに厚いガラスをはめ込んだものを建物の工事をしたときに組み込んであった。大きく重いドアを支えながら、スタッフが少しずつ中心軸の螺子を緩め時間をかけて外してくれたのだ。「TAKE」を通した後、また苦労してはめ込んだ。同じ作業が後の搬出の時に行われることになる。


そんなスタッフの支えのお陰で無事にイベントは始まり、沢山の子供達を集め好評だった。まだソーラーカーというボキャブラリーも定着していない時代の催し物で、言葉もその姿も新鮮だった筈だ。興味深そうにソーラーキッドを覗き込み記念撮影に加わる当時の子供達の写真を見ていると、やって良かったと今でも改めて思う。特に工作教室は大人気だった。数が限られるため、参加者は抽選で選ばれた。だから余計に参加欲は高まる。夏休みの親子連れが一生懸命製作に取り組む姿と、特に子供達の真剣な眼差しは印象的だった。組み立てた後は試走会だ。会場に設えた5m位の直線コースを走らせる。ただ屋外ではないため、スポットランプを持ったスタッフが付いて照らしてやらなければいけないのが残念だった。50mWばかりの発電量を得るために500wのスポットランプを使って走り回る。オーストラリアでGMのサンレーサーとそのサポートキャラバン数十台の有様を見た時と同じような疑問と矛盾と虚しさが入り混じったような感じを思い出してしまった。

勿論わかっている。そして信じている。この子供達が今、成長して何らかの環境やエネルギーに対する問題意識を心の片隅に持っていてくれるに違いない。ソーラーカーに将来乗りたいなと思っていてくれたら良い。そんな思いでその後も何十台と子供用のソーラーカー製作に取り組んだ。ソーラーキッド等に乗った子供達が日本全国に今までに何万人といる。できればこのソーラーカー教室で製作を体験した子の1人でも、最近の鈴鹿SCRに参加していると良いなと願う。付け加えると小学校の先生の関心も非常に高かった。この年から教育指導要領が変わって、小学校の理科の教科書にソーラー電池のことが書き加えられたのだ。その実習のためにも最適な教材だった。裏で通産省と文部省が横断的ファインプレイをしたのか?単なる偶然か?そんな背景も後押しとなって、田宮模型によって量産化が決断されたのだろう。
そんな中、表にはでなかったが小さな失敗があり、今でも申し訳なく思っている。ソーラーカーの講演を組み込みたいということで、監修の浜川先生にお願いしていた。蒸し暑い名古屋の夏の最中、スーツにネクタイ姿で会場まで来られ、午後2回講演された。しかし「なるほどソーラー講演会」の聞き手は一般の親子連れで、要求された話の内容もごく初歩的な僕でもできるものだった。それでも先生は嫌な顔ひとつせず、丁寧に子供達に説明をし、苦情も言われなかった。しかし「こんなもん何でわしがせないかんのや」という気持ちが僅かでも感じられたのではないかと今でも心苦しく思い出す次第である。
5日間の開催期間で2万5000名の参加者があった。地元3紙にも採りあげられ、2局のテレビ報道もあり、多くの人に知ってもらいたいという目標は達成できた。無事ソーラーカー達も各地へ帰っていった。